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聞きなれない言葉でしょう?
長いこと釣りをやっている人の中にも、「エッ? ナニ? なぐらって、殴られるとはちがうよね?」「胸元? えっ、なもと? 知らないなあ」
江戸時代以前から漁師用語として使われていたこの【なもと&なぐら】。
発音だけで【なもと】と言われてもピンとこない人も【波元】と書かれれば、「はは〜ん、波の元なのか……」 我が家にある【新明解・国語辞典】で索いたら【波元】は見当たらず、【元】という字の項を見たら【執事がそこから始まった。最初のところ。始め。起こり。起源。根源】と表記されてありました。
波が始まるところ……それは海面です。となれば、【波元(なもと)】の意は、「波の状態、海面の状態」が正解。
次に【なぐら】。漢字で書くと【波座】。
この【座】を用いた表現に、「男が足を前に組んで楽に座ること」を言い表す【あぐら】という日常用語にあります。古くは【胡床】と書き、その後に【胡座】という字に変遷を遂げて現在に至っていますが、【座】には【ぐら…】という読み方があるのです。【座】だけを索くと、「その人のすわる席・場所。(狭義では)いつもすわる場所で象徴される権力・身分関係を指す」。
【波の象徴される権力】とくれば、大方の想像がつこうってもんです。で、【波座】を辞書で索いたら、こちらの方は出ていて【釣りで−暴風のなごり】と書かれてありました。しかし、国語辞書は釣りの専門書ではないので説明が不足しているようです。【暴風のなごり】とはナニか?もうお分かりでしょう。【波座(なぐら)】の意は、【波のうねり。沖の高波】が正解。
「面白いなあ」と感じるのはこういう時です。日本語=漢字を愛する僕としては、漢字は表記文字であり、その字を見さえすれば「読めないまでも意味が分かる」魅力にシビれます。
漢字使用法が決められた結果「一目りょう然」などの表記が当たり前となりましたが、これじゃあ日本の漢字はダメになってしまいます。「一目瞭然」と書いて右横にルビを振ったほうがまだマシです。「瞭」の右側の「つくり」は【柴が明るく、そして長く燃えている】さまを表す漢字です。したがって「瞭」には「あきらかによく見えるさま」の意味があり、となればこの応用から、「鐐」には「白銀」「燎」は「かがり火」「寮」は「明るく灯をともした窓」と続けざまに連想が拡がります。
磯釣りに置き換えれば、「タタミ根」と書くより「畳根」と漢字で表した方が「ハハア、畳のように平らで広い磯なのだな?」と、ただちに判断できるはずです。
この伝でいけば、「ショイノリ」は「背負い乗り」(荷を背負って乗り越す場所)、「ボウムキ」は「棒向き」(釣り場前に日印となる棒か杭が存在するか、かつて存在していた)、「エボシ」は「烏帽子」(その昔、貴族や武士があらたまった席に被った帽子のようなもの=尖っている状態)…などなど、漢字で表すことによって、よりよく理解できることになるでしょう。
洋モノ釣りが幅を利かせているこのごろですが、僕は磯釣り師として、また日本人として、日本式釣り=日本にしか存在しない伝統的釣法をこよなく愛する者です。この磯名の漢字表記が薄れてきたことによって、以前とは異なる名称になってしまった磯名が数多く存在していることに危倶を覚えます。
例えば、航空写真を用いた「伊豆の海釣り」というポイント集を開いてみましょう。
南伊豆大瀬の項に「平根」「コナカ根」という表記が見られます。平根はともかく、この「コナカ」の意味がさっぱり分かりませんでした。「小中根」と書くのか「粉加根」なのか…。念のため、昭和30年代に書かれた三浦半島&伊豆地区の磯釣りポイント書「磯づり場集」(敏陰敬三・高橋藤四郎著)で確認してみたら「小長根」!「なるほど、小さくて長い根なのね」
磯名をカタカナ表記で書き表してきた結果、「コナガ根」の「ガ」が「カ」と読み違えられたことによる変名と理解できます。
この手の間違いは磯名以外にも数多くあって、僕が住む東京都港区高輪には、以前「カツヲ坂」と柱に表記された、高輪消防署前から第一京浜国道品川に下る坂がありました。
「カツヲって鰹のことかあ?昔このあたりに魚屋でもあったのかいな」と不思議に思い、江戸時代の切絵図の複写版を引っ張りだして確認したら「かつら(桂)坂」!「カツラのラがヲに見まちがえられたことによる誤記」と判明したのですが、江戸時代にカタカナが存在するわけがありませんから、これは明治になってからの役人の勘違い。カタカナ表記すると、こんな取り違えもあるのだという好例でしょう。今は直されています。
話を戻して、磯名を続けましょう。「アミダ」は「阿弥陀」と書いた方が由来が理解できます。その昔、近くに阿弥陀様が奉られている場所があったか、磯そのものの形が阿弥陀に似ている…このどちらかでしょう。
中木地区に「ケサカ」という沖磯がありますが、ケサカだけでは全然意味が分かりませんでした。このことに関しては以前にも当誌で書いたような記憶がありますが、まずは磯に上がって周囲を見回しながら真剣に考えてみました。
磯の名というものは、江戸時代以前に遡って考えなくてはいけませんから、船といえばまずは手漕ぎの「櫓舟」でしょう。櫓で漕ぎつつ「ケサカ」にチャカ着けとするとなれば、その場所は1カ所しかありません。
中木港から「アミダ」を右に見ながら湾を出て、すぐに右に行ったところに「ケサカ」があるわけですから、そのまま磯真に着けるのが順当です。
この場所は、今ほど渡船が大きくなかった1970年代までのチャカ着け場でした。外側が波でガチャガチャしていても、ここの場所なら安心してチャカ着けができます。櫓舟時代もここが舟着け場だったでしょう。
磯に上がったら、釣り人は目の前に聳(そび)え立つ崖を登らなくてはなりません。登り切ると目の前に海が拡がり、沖に向かって左端の釣り座に行くか、右端の釣り座に行くか決めるわけです。昔の人もこの崖を登ったでしょうから、考えられることはケサカのサカは「坂」ではないかということ。
次にケですが、辞書で索けば、【け 接頭語。けおされる。けだるい】で、考えたのが「蹴落とす」「蹴上げる」の「蹴」。つまり「ける」という意味の漢字です。「坂を蹴るようにして登る」の意と解釈するならば「ケサカ」は「蹴坂」か?
おそらくこの考え方には間違いはなかろうと自負しているエド山口。
「ケサカ」だけでは分からなかった磯名の由来も「蹴坂」ならば納得できるわけです。【波元(なもと)&波座(なぐら)】。使う人はほとんどいなくなりましたが、憶えておいて損のない言葉です
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